職場の支援事例

不妊治療

一人ひとりの悩みに向き合い、必要な支援を制度へ
不妊治療と仕事を両立できる、誰もが「特別」でいられる職場づくり

株式会社NISHI SATO

代表取締役 横川 みどり 氏

制度利用者 江里口 氏

バーコードやRFIDを活用した業務改善の提案と、それに伴うプリンターやラベルシールなどの販売を手掛ける株式会社NISHI SATO。 企業主導型保育事業も展開し、子育て中の社員をはじめ、ライフステージや健康上の事情を抱える社員が働き続けられる環境づくりを進めています。

不妊治療・不育症治療に利用できる有給の休暇制度も、社員から寄せられた相談への個別対応を重ねる中で生まれました。 今回は代表取締役の横川みどりさんと制度利用者の江里口さんに、制度導入の背景や運用上の工夫、仕事と治療を両立した経験について伺います。
横川みどり氏と江里口氏の写真
株式会社NISHI SATO
代表取締役
横川 みどり 氏(写真左)
制度利用者
江里口 氏(写真右)
■ライフステージに合わせて働き方を変えられる環境を整備
― まず、貴社の事業内容と社員構成について教えてください
横川さん:バーコードやRFIDを活用し、お客様の業務を効率化するための提案を行っています。 それに伴うプリンターやラベルシールなどの販売が主な事業です。 このほか、企業主導型保育事業も行っています。社員は33人で、約8割が女性、平均年齢は38歳です。
― 社員のライフ・ワーク・バランスを支えるため、どのような取り組みを行っていますか
横川さん:短時間勤務や週2~3日勤務、時間単位の年次有給休暇など、社員それぞれの事情に応じた働き方を取り入れてきました。 子どもが小さい間は短時間勤務を希望していた人が、成長後には「もっと働きたい」と考えることもあります。 生活環境や希望するキャリアはライフステージによって変わるため、その変化に対応できるようにしています。
以前の勤務時間は9時から18時まででしたが、18時に仕事を終えてから買い物や夕食の準備をすると、子どもを待たせ、社員の負担も大きくなります。 そこで、試験的に終業時刻を17時としました。
1年後に売上への影響を確認したところ低下はみられず、仕事の進め方を工夫すれば時間内に終えられることも分かりました。 そこで現在は、正式に9時から17時までを勤務時間としています。
江里口さん:私が産休・育休を取得している間に終業時刻が変わりました。 復職時には短時間勤務が必要だと思っていましたが、所定労働時間が短くなっていたため、フルタイムで復職できたのです。 周囲と同じ勤務形態で働けたことは、自信にもつながりました。
■保育所の開設が若い世代の採用と職場の活性化につながる
― 社内に保育所を設けた経緯を教えてください
横川さん:保育所を開設したのは2019年です。当時は社員の高齢化が進み、求人を出しても若い世代からの応募がほとんどありませんでした。 一方、社会では待機児童問題が注目され、企業による保育所の設置を支援する仕組みも整い始めていました。 若い人が働きに来られない理由の一つが子育てなら、子どもと一緒に受け入れられる環境をつくろうと考えたのです。 私自身がもともと保育士で、安心して子どもを預けられる保育所をつくりたいという思いもあり、開設に至りました。
― 採用面ではどのような効果がありましたか
横川さん:開設時には、子どもの入園と保護者の入社を希望する親子から約70件の応募があり、その中から6人を採用しました。 現在も、保育所に空きがあれば応募したいという方がいます。 若い社員が加わることで、社内に異なる視点や活力がもたらされました。 また、子どもの姿があると自然に会話が生まれ、職場の雰囲気も柔らかくなります。
― 保育所の様子を社内から確認できるそうですね
横川さん:見守りモニターを設置しており、社内から保育所の様子を見ることができます。
設置には慎重な意見もありましたが、私は多くの人が「見守っている」ことが安心感につながると考えています。 複数の目があることで、何か起きた際にも事実に基づいて対応しやすくなります。
■一人の社員への個別対応から始まった不妊治療支援
― 不妊治療・不育症治療への支援を始めた背景をお聞かせください
横川さん:私自身、なかなか子どもを授からず、精神的につらい時期がありました。 当時は不妊治療という言葉を口にすることも難しく、周囲から「子どもはまだなのか」と聞かれることにも苦痛を感じていました。
その後、社内で不妊治療を始めた社員から相談を受けました。 治療による体調不良で出社できない一方、業務内容は在宅でも対応できるものだったため、パソコンなどを自宅に送り、在宅で働けるようにしました。 現在は在宅勤務も一般的ですが、当時は珍しく、周囲から「その人だけずるい」と受け取られることもありました。
― その後、どのように支援が広がったのでしょうか
横川さん:最初に私に相談してきた社員が、不妊治療をしていたことを周囲に伝えると、「実は私も治療していた」と話す社員が出てきました。 これが12~13年ほど前で、支援の出発点だったと思います。
その後も相談を受けるたびに個別に対応し、同じような事例が重なった段階で制度化しました。 不妊治療・不育症治療のための休暇制度を設けたのは約4年前です。
― 具体的にはどのような制度ですか
横川さん:当社には、家族のために利用できる有給の「ファミリー休暇」があります。 もともとは子どもの学校行事のための休暇でしたが、その後、親や兄弟、ペットなども含め、家族に関する幅広い事情に利用できる制度に変更しました。
不妊症や不育症の治療を受ける場合は、申請によりファミリー休暇に有給休暇5日が追加されます。 治療費の補助はありませんが、通院が長期にわたることもあるため、通常の年次有給休暇に加えて、治療に通うための時間を確保できるようにしています。
■「平等」ではなく「公平」を重視して制度化
― 一人ひとりへの対応を重視する考え方について教えてください
横川さん:人はそれぞれ、得意なことや苦手なこと、生活環境、抱えている悩みが異なります。 全員に同じ対応をする「平等」ではなく、その人に必要な対応を行う「公平」を大切にし、会社として可能な範囲で、一人ひとりを支えたいと考えています。 「全員を特別扱いすれば、特別扱いではなくなる」という考えです。 それぞれの状況に合わせて、必要な対応をしてよいのではないでしょうか。
― 社員一人ひとりの悩みを、どのような場合に制度化していますか
横川さん:同じ支援を必要とする社員が複数出てきたときです。 個別に対応し続けると、社員によって支援内容に差が生じる可能性があります。 そこで、会社として一定の基準を設け、公平性を保つために制度化します。
― 社員の悩みは、どのように把握していますか
横川さん:以前は全社員と個人面談を行い、上司や同僚には話しにくいことも直接聞いていました。 現在は、私がいなくても組織が動く状態を目指しているため、基本的には各部署長が相談を受けています。 規則には当てはまらなくても支援したい案件は私のところに上がってきますし、上司に相談しづらい場合には、社員が直接私に話せるようにしています。
■理由を明かさなくても休める職場文化をつくる
― 制度を導入する際、特に配慮したことはありますか
横川さん:不妊治療は、必ず妊娠につながるわけではありません。 治療していることを周囲に知られたくない人も多いため、プライバシーを守ることを重視しました。 本人と相談しながら、誰に、どこまで事情を伝えるかを決めます。 本人の意思に反して治療の事実が広がらないようにしなければなりません。
― 制度を利用した際、周囲にはどのように伝えていましたか
江里口さん:治療をしていることは周囲には言えませんでした。 上司には、「婦人科系の事情で、今後休むことが多くなると思います」と伝えていました。 当社では、年次有給休暇を取る際にも、理由を細かく聞かれません。「休みます」と伝えれば休めるため、不妊治療でも大きなハードルは感じませんでした。
横川さん:ファミリー休暇についても、取得理由を詳しく聞かないようにしてきました。 その文化が根付いたことで、誰がなぜ休むのかを過度に気にする人はいません。 制度を設けるだけではなく、休む理由を詮索しないことや、困っている人を支え合うことを、日頃から職場の共通認識にする必要があります。
― そのような文化は、どのように醸成してきたのでしょうか
横川さん:毎週の朝礼で、会社としてどのような対応を目指しているのかを伝えてきました。 何か出来事があった際には、私の考えや望ましい対応を共有します。 一人ひとりの違いを認め、会社が目指す方向を日頃から伝えることが大切だと思います。
■業務をそのまま引き継がず、優先順位を見直す
― 治療や妊娠に伴い休む社員がいる場合、業務はどのようにカバーしていますか
江里口さん:治療中は月に1~2回ほど在宅勤務をしました。 妊娠後には切迫早産やつわりで出勤できないこともありましたが、体調がよいときに自宅で仕事をしていました。 社内には「お互いさま」という雰囲気があります。 子どもの体調不良などで急に休む社員がいても、誰もとがめず、「休んでください」と受け止めています。
横川さん:治療中や体調が安定しない時期には、納期の迫った業務を避け、急ぎではない仕事に調整します。 また、誰かが休むときに、それまでの業務をすべてほかの人へ引き継ぐ必要はないと考えています。 現在の優先順位を見直し、休止してよい業務と継続すべき業務を分けます。
受発注やお客様対応など本業に直結する仕事は継続しますが、それ以外は状況に応じて減らすことができます。 すべてを維持しようとするのではなく、何を残し、何を一時的にやめるかを考えることが必要です。
■複数の有給休暇が、不妊治療と仕事の両立を支える
― 制度があることをどのように感じましたか
江里口さん:私は勤続年数が長く、ファミリー休暇などで必要な休みを賄えたため、不妊症・不育症治療の場合に追加される5日間の休暇は申請しませんでした。 それでも、必要になれば利用できる制度があることは、精神的な安心につながりました。 不妊治療には、体力的、精神的、経済的な負担があります。 会社が休暇制度を用意し、「休んでも大丈夫」と示してくれることは大きな支えでした。
― 制度の存在が治療を始める後押しになると思いますか
江里口さん:私が治療を受けていた時期には、専用の制度はまだありませんでした。しかし、勤続年数が短く、年次有給休暇が少ない人にとっては、制度が治療を始める後押しになると思います。
― 時間単位の年次有給休暇も利用されたそうですね
江里口さん:不妊治療では、急に通院日時を指定されることがあります。 時間単位で年次有給休暇を取得できたため、「この時間だけ抜けます」という形で通院できました。 治療のために仕事をセーブする必要がなく、社会人としての役割を果たしながら治療を続けられたことは、自信にもなりました。 仕事か治療のどちらかを諦めずに済んだことがよかったと思います。
― 制度として明文化することには、どのような意義がありますか
横川さん:制度にすることで、「会社として認められていること」が明確になります。 私が口頭で「相談してよい」と伝えても、言い出せない人はいます。 制度として示されていれば、「利用してもよい」と理解できます。制度の存在自体が、社員に安心を与えるメッセージになると思います。
■女性のライフステージとキャリアを支える取り組み
― 不妊治療以外にも、女性の健康課題を支える制度があるそうですね
横川さん:「L勤務・M勤務」という制度があります。 「L」はレディー、「M」はマダムです。 L勤務は、生理による体調不良がある際に、始業時刻を1時間遅らせたり、終業時刻を1時間早めたりできる制度です。 M勤務は、更年期の症状による通院などに合わせ、同様に勤務時間を調整できる制度になっています。
人間の身体には、いつ何が起きるか分かりません。 身体の変化を後ろ向きに捉えるのではなく、その時の体調や身体の変化に合わせて働ける仕組みをつくることが必要です。 社員が前向きに利用できるよう、制度の名称にも工夫しています。
― 働き方に関する取り組みは、社外からどのように評価されていますか
横川さん:当社では、「ワークライフバランス」や「働き方改革」といった言葉が広く使われる前から、こうした取り組みを続けてきました。 長年の取り組みが社内文化として定着している点を評価していただき、企業のイメージ向上や広報にもつながっています。
取り組みをSNSなどで発信すると、会社の考え方に共感する人が応募してくれます。 現在は求人を出していない時期でも、「ここで働きたい」と声を掛けていただくことがあり、採用面でも好循環が生まれています。
― 今後、新たに取り組みたいことはありますか
横川さん:今後の課題は、女性がリーダーとして活躍するための教育です。 女性の社会進出は進んできましたが、現在働いている世代の多くは、女性がリーダーになるための訓練を十分に受けてきたわけではありません。
人を引きつける力や交渉力、周囲を巻き込む力など、リーダーに必要な能力は学ぶことができます。 単に女性社員の割合を増やすのではなく、女性自身が前に立ち、組織を動かせる状態をつくることが、本当の意味での女性活躍だと思います。 今後は、女性社員の研修やキャリアアップにつながる取り組みを進めたいと考えています。
■目の前の一人の声から、使いやすい制度をつくる
― 治療やライフイベントなどとの両立支援に取り組む企業へ、メッセージをお願いします
横川さん:制度をつくることから始めるのではなく、まずは目の前にいる一人の悩みを聞いてほしいと思います。 子育て中の社員、不妊治療や不育症治療をしている社員、身体の不調を抱えている社員がいるのであれば、その人が何に困り、会社としてどのような対応ができるのかを一緒に考えてください。
制度は多くの人に当てはまるよう、平均的な内容になりがちです。 しかし、企業によって社員構成や働き方は異なり、一人ひとりの悩みも違います。 制度だけを先につくると、実情に合わず、使いにくいものになる可能性があります。 まずは一人の相談に対応し、同じ悩みを抱える人が複数いることが分かれば、共通して必要な支援を制度にする。 その会社で本当に使いやすい制度は、目の前の社員の声から生まれると思います。

Interviewee

― 企業紹介

株式会社NISHISATOのロゴ
株式会社NISHI SATO

1981年創業。従業員数33名。バーコードやRFIDを活用した業務改善の提案を行い、プリンター、ラベルシールなどの関連機器・資材を販売。企業主導型保育事業も展開する。


社員のうち約8割を女性が占め、平均年齢は38歳。時間単位の年次有給休暇やファミリー休暇、不妊治療・不育症治療のための休暇、女性の身体の変化に合わせた勤務制度など、一人ひとりの事情に寄り添った働き方を整備している。

(企業に関する情報は令和8年7月15日時点の内容)

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